オタクの反論

  • 2009/01/14(水) 06:56:41

オタに貴賎なし、またソコに真贋なども無いのだよザック。我々は皆一様にオタクだ。
オタと非オタの境界は一見すれば明確であるようで、その実、非常に曖昧であると考えている。

現在、一般的に言われている(もしくはTV等のメディアでクローズアップされる)オタクといえば、
アニメや漫画やゲーム、またソレを題材にした各種ホビーの愛好者、及びそのコミュニティである。
しかし、「オタク」という言葉が生まれたのは別の場所であるとされるのはご承知の方も多いだろう。
そもそも原点といえば無線やオーディオのマニア達の間でのお互いの呼び名であったとされる。
何分、俺が生まれる以前の話であるので真偽の程は定かではないが、納得に値する話である。
それと言うのも「聖地」秋葉原、大阪の日本橋といえば元を辿れば電気街なのである。
今でこそなりを潜めてはいるが、無線機器や電子部品を販売する店も厳然と存在している。
時代と共に、次第に客が入れ替わり、訪れる者の趣味・嗜好がシフトした結果、
今ある、いわゆる「オタク街」へと変化したのである。そう、元ある物から別の物に変化したのだ。

この変化は単純な移行ではなく、数ある分野の中から選ばれたモノなのだと考えている。

以前も話したとは思うが、オタクが存在するのは何も上に挙げたような分野だけではない。
例えば車、スポーツ、音楽、政治や軍事、果ては皇室マニアなんてのも存在する。
おおよそオタクという言葉を聞いた時に想像するモノとはかけ離れた分野にもオタクは存在するのだ。

例えば、コレは身近な例であるが、知人にサッカーのマニアが居る。
彼はヨーロッパの、よくは知らないが、何某というチーム、誰某という選手の大ファンである。
故にその選手が活躍しているチームの他選手、そしてそのチームが所属しているリーグ、
そのリーグの他チーム、更にはその所属選手、過去の戦績、現在の状況など、
俺などが一聴したところで到底把握しきれない量の知識を持ち、時にソレを披露する。
聞いている俺からすれば全くワケが分からない。まぁ大体のルールぐらいは知っているのだから、
雰囲気だけは察する事ができるけれど、その俺の様子を汲み取ってくれる気配もない。
時として話の内容についていける相手を見つけた時の彼の目の輝きは半端ではない。
いつも以上に饒舌に、様々な選手の詳細なプロフィールまで語りだすのだ。

上の話はまぁ極端ではあるが、実に分かりやすいと思う。
内容をサッカーから、そう、俺の好きなロボット物、ガンダムでもいい、ソレに置き換えてみてほしい。
俺はどの作品のどの勢力のどのモビルスーツが好きで、
そのモビルスーツが建造された経緯や型式番号、主武装、戦場での活躍ぶり、
他作品に出てくる別のモビルスーツとの関連性やパイロットとの相性について嬉々として語る。
聞いている人にはチンプンカンプンでもソレは止まる事はない。
ガノタ(=ガンダムオタク)がその場に居たならオレサマは更に異常興奮なさって話し続けるだろう。

どうだろう、俺と彼に一体どれ程の差が有ろうか。
俺の言わんとしている事がご理解頂けるだろうか。
ガンダムとサッカーだけで不十分なら、例えば楽器でも良い、好きなアーティストでも良い、
旧車や最新のパーツでも良い、オーディオ機器でも世界の歴史なんかでも良い。
女性なら、どうだろう、良くは分からないが、美容やメイクに関する物事になるかもしれないね。

つまり、興味のあるモノに対し、熱意と愛情を傾け、より広く深く知ろうとした全ての者は、
オタクと呼べるのではないだろうか。
言葉を替えるならマニア、詳しい人、なんでもいい、だがそれら全ては同じ者を指している。

Wikipediaのおたくの項にはシンプルな説明として、
「社会的認知度が高くない趣味に傾倒する人の一つの類型またはその個人を示す言葉」とある。
ではアニメやゲーム等は、今の世において、どれ程の社会的認知度だと言えるだろうか。
奇しくも「オタク」を珍しい者として扱ってきたメディアのお陰で、
現在は非常に高いものとなっているように見受けられる。
しつこいようだが、ヨーロッパのサッカーリーグと例えばアニメの認知度に差があるとは思えない。
むしろ我々の業界の方が高いのではないだろうかとすら思える。もちろん彼に対し悪気は無いよ。

オタクは、例えどのようなジャンルであろうと、余り歓迎されないというのは確かにある。
一つに、オタクは「語る」からである。周囲のリアクションに関係なく「語る」のである。
逆に言えば語らなければオタクではないとすら俺は思っている。
少々語弊があっただろうか、大事なのは「語れるか」、ではなく「語るか」であると思う。

時折、ジャンル内において古参、新参といった論争が起こるが、
重要なのは年月ではないと考えている。むしろ新たな入門者は歓迎すべきであろう。
古参だから偉い、正しいという考え方はどうにもおかしい。年功による序列など有りはしないのだ。
確かに先んじてその分野における情報を集めているのだから知識と呼べるものは有ろう、
旧い物にも親しんだだろう、しかしソレは時間さえかければ誰にでも到達できる地点なのである。
温故知新という言葉はなにも「古き良き物を大切に、忘れないようにしよう」と言うだけではない、
「新しい物を積極的に受け入れ、更なる進歩を目指そう」という意が込められているはずである。
新たに門を叩く者は知識こそまだ少ないかもしれないが、
それだけに斬新な発想を持ち合わせている可能性を秘めている。
古参だけでは懐古に終始し閉塞してしまいかねない、新しい風はどこにでも必要なのである。

新参と呼ばれる者は「語れない」かもしれないが、「語る」事はできる。熱意があれば良いのだから。

周囲の空気に左右されずに「語る」事こそが、
同じ分野に居ない人々に受け入れられない要因なのは事実である。
が、「語る」事こそがオタクの本懐の一つであり、抑止する事も難しい。

何故「語る」のか、コレは別に知識をひけらかしたい訳ではないのである。
そういう向きも確かに居るだろうが、多くの者は他人にとってその分野がどれ程の魅力を持つのか、
もしくは持たないのかを十分に理解している。
多かれ少なかれ自分自身がオタクの語りの聞き手となった経験があるからだ。
ならばその「語り」を止められそうな物なのだが、そう簡単でもないのである。
なぜならオタクとは「熱意を持って」愛好する者どもであるからに他ならない。
好きな分野の話題ともなればとにかく楽しいのである。自分がいかに楽しいかを伝えたいのである。
ひょっとしたら誰かが興味を持ってくれるかもしれない、そういう期待もあるのである。
もし同好の士が見つかればそれに勝る興奮など無いのである。
基本的に情報の収集や知識の蓄積は一人での作業であり、多くの時間はそこに費やされる。
情報の交換や議論は一人では成り立たず、決して多くはないその機会を見つけた時には
歓喜の余り行き過ぎてしまうのである。

自分が独りではないと願い、信じたいのはヒトとして間違ってはいないと思う。
全ての分野に存在するオタクは、自分が孤独な存在ではないと認識しつつも、
ソレを実感できる場を欲し、思いの深さゆえに過剰に饒舌になってしまうのだと思う。

さて、我々の分野が特に奇異な眼で見られるのにはいくつかの理由があるが、
大きくはこれまでに起こった幾つかの、いや幾つもの事件との関連が挙げられるだろう。
その際たる物は宮崎勤による幼女の連続誘拐殺害事件であろう。
宮崎勤という男がオタクであったことは揺るがぬ事実であったと思う。
しかし、アニメや少女を性愛の対象として取り扱った作品のマニアであったかというと、
かなりの偏向報道があったという指摘もあり、いささか不透明である。
それでも、俺より少し年長のオタク達は非常に苛烈な、そして謂れのないバッシングを受けたという。

なぜこのような事が起こるのか。
以前述べたが、つまり大衆というのは自分は良き者であると盲目的に信仰しているのである。
猟奇的な事件が起こった時、その凄惨な殺人を行った犯人が自分と同じモノであると信じたくない、
もしくは、犯人は「自分とは違って」異常な存在であると信じたいのである。
そこで「自分とは違う」と言うポイントに使われたのが、当時あまりオープンではなかった、
アニメなど、所謂我々の業界である。
自らの心の平衡を守り平穏を願うのは責められる事ではないが、余りにも不当ではないだろうか。
事実、アニメやゲーム、漫画の作品の中に、性を取り扱った物は多々あり、一大ジャンルである。
その中にも沢山の分類があり、幼女を対象としたカテゴリも勿論ある。しかもある程度人気ジャンル。
が、無視されがちではあるが、決してソレが全てではないのだ。あくまでジャンルの一つである。
アニメやゲームの分野に限らず、確かに外から覗いてみれば、そんな詳しい事は分からない、
もしくは別に分かろうとも思わない。俺も、例えば多くのスポーツに関して、別に興味がない。
が、それだからこそ例のバッシングは不当なのだ。表面の一部だけを見て全てを悪としたのだ。

そもアニメオタクが起こした犯罪は一体全体の何%だ。性犯罪に限っても良い。殺人でも良い。
いや、良いというのは書き方が悪いが。非オタの犯罪に比べてどれほど猟奇的なのだ。
オタクだから犯罪を犯すのか?NOだ。犯罪者が自宅に漫画を所持していればオタクか?NOだ。
犯罪者の中にオタクは居る。オタクの中に犯罪者が居る。これは事実だ。
だが非オタの中にも犯罪者がいる。犯罪者の中には非オタも居る。これも間違いあるまい。
つまり糾弾されるべきは犯罪者であり、それを前にオタ・非オタを問うのが間違っているのだ。

2次元の少女への抑圧された性欲がどうのと取り沙汰される事も間々あるが、
訓練された2次元オタはむしろ現実の少女に興味を持たない。少々乱暴な言い方ではあるが。
アニメに出てくる少女に性欲を抱く事自体が問題視される事もあるが、
2次元のキャラクタというのは、いわば記号の集積である。理想的な記号の集合体なのだ。
髪型、体型、顔の造作、口調、性格、年齢、性別、職業といったありとあらゆる記号、
それらのバリエーションでそれぞれのキャラクタが成り立っている。
画面に映し出される記号が伝えるそれぞれの内容やイメージを脳で再構築しているのだ。
これは我々が実生活で他者を観察し、理解しようとする時にとる行程となんら変わりない。
例えばどんな体型が好きか、まぁ俺であれば乳具合とか、あとメガネとか二の腕とか。
2次元のキャラクタは創作物であるが故に、現実では実現が困難な理想像を容易に構築できる。
なればこそ多くの者が魅了されるのも無理からぬ事ではないだろうか。
これを逃避と捉える人もいるがそれは個人の自由の範疇であろう。性嗜好は強制される物ではない。

もちろん性犯罪は許されない。当然の事であるが。
特に子供を狙った犯行は絶対に許容されるものではない。死刑制度には賛成です。
もちろん性犯罪に限らず、子供を死傷させた者には極刑をもってその罪を償わせるべき。
極刑でぬるいというならば、自らの犯行と同じ目に遭わせて死に至らしめるも良し。むしろ大賛成。

話が若干逸れたが、他にも外見的な要因で後ろ指をさされるケースもある。
が、服装や髪型など、それこそ興味があるかないか、必要なのかどうかの問題である。
余りにも、余りにも小さな事で、論ずる気にもならない。
裸で歩いているというなら確かに問題だが、上下着て靴を履いていればそれで十分だろう。

しかし、たった一つだけ納得できる外野のヤジというのがある。
もちろん全てのオタクがそうであると言う気は全くない、実際にごく一部の話なのだが、
どうにも不潔な者がいる。どう考えても不潔にしている者がいる。
アレだけはダメだ。不快だ。見た目に不潔感がある、というレベルではない。
見た目だけなら別に不快感を抱く程の事でもない。問題なのは臭気である。
体臭というのは少なからず誰しもあるだろうが、そういうものではなく、
明らかに老廃物や、その他諸々の、ああ、一言で言えば「長いこと風呂入ってない」であろう臭い。
コレばっかりはどうにかしてほしい。風呂に入るのは簡単だ。誰にだってできる。俺にだってできる。
汗っかきとか腋がどうとか体質的な部分なら文句も言えない、まぁ対処法もあるにはあるだろうが。
ただ面倒だからとかそういう理由であれば納得がいかない。心当たりのある者は早急に改善すべき。

なぜ同業者に向かって言うかというと、やはり街中で見かける(恐らくは)非オタ層に比べ、
圧倒的にそういった事例が多いからだ。日本橋を歩いていると必ず出くわす。
これも不当な評価に該当するのかもしれないが、俺もオタクだ、だが風呂には入る、だから言う。
オタクに向かってのみ言うという事はしない。風呂に入らん奴、・・・入れ、風呂に。

と、気がつけば読み返すの面倒になる長さになっておったのでこの辺で筆を置きます。

結論としては、胸張ってオタやろうぜ、くらいでいいです。
あと、ザックの「俺はオタクじゃない」みたいな一言は苦しすぎるので止めとけ、くらいで。


じゃぁ、おやすみなさい。

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